どうして村役場からせんべいが?というと、
「机浜番屋群」再生プロジェクトのサポーターとしての登録完了の証(あかし)です。
サポーターとなると番屋建設ボランティアに参加でき、田野畑牛乳せんべい(7枚入り×1袋)がもらえます。サポーターを希望をしたところ、今日、無事届いたのです。
白と黒の愛らしい たのはた牛乳せんべい のパッケージ。
たのはた牛乳100%の味。一味ちがった気分でかみしめます。
ところで、たのはた牛乳せんべいの裏と表には、浮き出た模様があるのをご存知でしょうか?
パッケージにその説明は書いてありません。
表は「菊水」。
裏は、「三階松」。
その模様は、南部せんべいの印し。
いろいろな説があるそうですが、南北朝期、行幸した南朝の長慶天皇(在位:1368〜1383年)が名久井岳の麓(現・青森県三戸郡南部町)の長谷寺を訪れたとき、食事に困り、家臣の赤松助左衛門が近くの農家からそば粉とごまを借りて、練り、鉄兜を使って焼いて差し出したという故事が後の南部せんべいの始まりであるとされています。
南部せんべいは、もともと八戸藩で作られた非常食で、現在は青森県と隣接する岩手県にまたがる地域で食されています。現在はそば粉のかわりに小麦粉を使います。さらに、たのはた牛乳を使っているのが、たのはた牛乳せんべいです。そば粉もごまも入っていませんが、れっきとした南部せんべいの由緒正しい仲間なのです。
たのはた牛乳せんべいが、歴史を超えて復興・再生・発展を志す同士のつながりのシンボルのように思えてきます。
赤松某は兜を差し出してせんべいを焼いて献上しましたが、番屋サポーターは、市民の知恵と力で貢献します。たのはた牛乳せんべいを食べて、皆で机浜番屋群の再生をサポートしよう!

